普通じゃない。

  • 2019.06.28 Friday
  • 08:30

どうも!2日目のみのです* ^ ^ *)ノ





昨日からの流れで、今日もちょっとだけ『きょうだい』のお話をさせてください!





ご存知の方もいるかとは思いますが、私も【きょうだい】の1人でして。




3つ上の姉に障がいがあるので、生まれた時から【きょうだい】として育った生粋の元きょうだい児(今は大人なので)です。笑






それをきっかけにきょうだいの会を担当させてもらって、ここ最近は「きょうだいの会をもっと広めよう!」とちょこまかと動いております。







そんな中、サンフェイスと繋がりのあるきょうだい達の近況を聞く機会があったのですが…







「大きくなったなぁ〜」と親戚みたいな感覚でしみじみ思うと同時に、昔の自分をふと思い返したので、その一部をこの場を借りてご紹介しようかな、と。






興味ない方がほとんどかもですが(笑)






『きょうだい』について考えてもらう良い機会かな、とも思うんでよかったらちょっとだけお付き合いくださいm(_ _)m




***





『私のお姉ちゃん、障がい者なんだよね』





その一言を人前でさらっと言えるようになったのは、意外と結構最近のことかもしれません。






別に隠してたわけでも、受け入れられてなかったわけでもないんですけどね。






「わざわざ言うことでもないしな、」







ってのが建前でもあり、本音でもありました。








だって、私が生まれた時からお姉ちゃんは立てなかったし、歩けなかったし、しゃべれなかったので。笑






それが普通だったというか、それが『お姉ちゃん』だったんです。









ほら、皆さんもわざわざ「うちのお父さんは右利きです」って言わないですよね?





たぶんそれと同じような感覚ですね!









ただ、「他の人と違う」ってのはさすがに気付き始めました。小学校に入学した頃ぐらいからだったと思います。









「今日はお姉ちゃんと一緒に帰る」


「これお兄ちゃんからもらったんだ」


「明日お姉ちゃんの友達と一緒に遊ぶの」


「昨日お兄ちゃんと◯◯に行った」


「この前お姉ちゃんに◯◯って言われてさ」






そんな何気ない友達の言葉に、次第に感じ始めたのは「いいなぁ」ってゆう羨ましさ。




だって、




うちのお姉ちゃんは養護学校(今の支援学校)に通ってるし、歩けないし、しゃべれないから。





無い物ねだりなのかもしれませんが、そんな一般的に「普通」と呼ばれるお兄ちゃんお姉ちゃんの姿に憧れてた覚えがあります(つ・∀・;)






そこから「なんか違う」って思い始めて、自分の中の「普通」とみんなの「普通」が違う気がしてきて、でもまだ子どもだったのですんなりと受け入れることもできなくて。






「なんで?」がたくさんで、でもそれを消化できる術もなければ、大人が並べる説明の言葉は分かるようで解らなくて。






気になり始めた途端に他と違うとこばかりに目がいって、いろんな意味でお姉ちゃんが『特別』なような気がしちゃって。






お姉ちゃんだけ抱っこしてもらえるとか、

お姉ちゃんの病院や手術が最優先だとか、





そんなちっちゃな事の積み重ねでしたが、お姉ちゃんを中心に我が家が回ってるような気がしてきちゃって、なんだか自分だけ置いてけぼりにされてるような気もして。






モヤモヤがイライラになって、それを通り越したらなんか無性に寂しくなって、つい勢いで「私も障がい者に生まれたかった!」って言ってしまったこともありました(つω-`)






たしかその後は親に思いっきりしばかれて、大号泣しました。笑






小学校低学年ぐらいの時だったかな。







今になってこの時の親の気持ちを考えると心臓がえぐられそうなので、ちゃんと親孝行しなきゃとこの件を思い出す度に心に誓ってますが。笑







でもそれぐらいあの頃は言葉を選ぶほどのボキャブラリーもなかったし、親の気持ちや自分の置かれた状況を察する理解力もなかったし、とにかく自分の中にあるごちゃごちゃっとした感情を表現することができなくて。







さすがにその時の親の反応や表情を見て「やってもうた」ってのは幼いながらに全身で感じまして(つ・∀・;)






「(自分の気持ちを相手に伝わるように上手に)言えない」と感じたと同時に、「言っちゃいけない」とも思ったんです。







たぶん『誰も悪くない』ってのは感覚的にわかってましたし、






親が言うであろう「ごめんね」が欲しかったわけでもなければ、その言葉でお姉ちゃんの障害や自分の寂しさがなくなるわけでもないですし、







周りの大人から「かわいそうに」って言われるたびに「別にかわいそうじゃないし!」「何も知らないくせに!」って心の中で反抗心?を抱いたりもしてました。笑






だから余計に、“ 言えなかった ”んです。





わかってもらえないだろう、ってどっかで思ってたのかもしれません。






もちろんそんな『きょうだい』ばかりではないと思いますが…!





この時、私の周りに1人でも同じ境遇の友達がいたら…もしかしたらもっと素直に、そして心強さを感じながら過ごせてたかもしれません(T-T)





つまり何が言いたいかというと、




・周りとの違いに気づく就学時前後こそ、フォローが必要!

・大人には言えないこともある!

・でも本当は色々と感じたり考えてる!




だからこそ、『きょうだいの会』のような支援を活用してほしいのです!





『きょうだいの会』については過去のブログ(http://podblog.jugem.jp/?eid=1493)でも紹介させてもらってますので割愛しますね(。・o・。)ノ




正直な話、大阪のきょうだい達はラッキーだと思います。だって、継続的に『障がいのある子のきょうだい支援』がされてるところなんて、全国的に見てもサンフェイスぐらいだと思うので!





ただ最近、「きょうだいだからって特に困ってない」って言われる保護者の方やきょうだい達が多いような気がしています。





そりゃそうなりますよ!





当事者向けの福祉サービスが充実してきたり、ゲームやネットなどの普及できょうだい達の家庭内での過ごし方が変わってきたのも要因の1つではありますが…






きょうだいの困りごとなんて、見えづらくて当たり前なんです!だって困ってたとしても、そんな簡単には言えないですもん!笑





そしてもし仮に今は困ってなくても、ほとんどの場合『きょうだい』はいくつになっても『きょうだい』です。順番通りにいけば親の方が先にいなくなっちゃいます。







つまり、『きょうだい』としての困りごとは大人になってからも生じうるし、年齢や世代によってその形は変化していきます。






だからこそ、きょうだい達には“ 今 ”のうちから同じ境遇の友達と繋がってほしいなと思うんです。






その繋がりは大人になってからも心強い仲間として残るから。







就学時前後〜小学校低学年だったら、きょうだいの会に来始めるタイミングとしてはとってもオススメです!





大きくなると恥ずかしがったり、変に身構えちゃったりしそうなので(つ・∀・;)








…と、そんな私の体験談も踏まえた上で、改めてきょうだい達へと目を向けてもらえたら嬉しいです(*ノ∀`*)








では、今日はこの辺で!

また明日もお願いします!




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  • 2019.09.18 Wednesday
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